東京高等裁判所 昭和53年(ネ)3263号 判決
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【判旨】
二当審証人塚田秀男の証言により真正に成立したものと認める<証拠>を総合すると、星谷耕司が本件事故発生の交差点(以下「A交差点」という。)に差しかかる前に左折して通過した交差点(以下「B交差点」という。)は、A交差点の東南方に位置し、B交差点西側停止線からA交差点南側停止線までの距離は、通常の自動車通行車線に沿つて測ると約93.1メートルであることが認められるから、この間を平均時速四〇キロメートルで走行するときの所要時間は約8.4秒、同三〇キロメートルのときのそれは約11.2秒、同二〇キロメートルのときのそれは約16.8秒、同一五キロメートルのときのそれは約22.3秒、同一〇キロメートルのときのそれは約33.5秒であることが、計算上明らかである。しかして<証拠>によると、A交差点の信号とB交差点の信号は灯器連動式信号機であつて、それぞれ一〇〇秒の時間帯の中で青色、黄色、赤色の燈火順序で信号が変化する仕組みになつており、B交差点西側(前記星谷が進行してきた側)からみる対面信号機(以下「B信号機」という。)の燈火時間は、青が三八秒、黄が六秒、赤が五六秒であり、A交差点の南側(前記星谷の進行してきた側)からみる対面信号機(以下「A信号機」という。)の燈火時間は、赤が七〇秒、青が二四秒、黄が六秒であつて、B信号機が青に点火する三秒前にA信号機が赤に点火し、その赤が七〇秒持続して青に変る関係になつていることが認められる。然るところ、原審証人星谷耕司の証言によると、同人は、B信号機が青の燈火の間にB交差点を左折したことが認められ、それが青信号の終末時になされたと仮定すると、その時刻からA信号機が青となるまでには二九秒を要することは前記認定の事実に照らし明らかであるから、少くとも星谷が時速一五キロメートル以上でB交差点よりA交差点に向け走行しA交差点に差しかかつたとすると、そのときには、A信号機は赤であることは明白である。ところで星谷がB交差点からA交差点に向けて走行した速度については、前掲証人星谷耕司の供述によると、同人はB交差点左折後しばらくして意識がもうろうとなりどの程度の速度を出したかは記憶にないと云うのであるが、(イ)前認定のとおり、本件衝突後被控訴人高橋運転の自動車は衝突地点より約18.4メートル走行して停止し、星谷車は同地点より約24.6メートル走行して停止したこと、(ロ)前掲乙第一号証によれば、右両車両の大きさはほぼ同一であることが認められ、その重量にさしたる差異があるとは考えられないこと、(ハ)原審における被控訴人高橋三男本人尋問の結果(第一、二回)によれば、被控訴人高橋は時速約五〇キロメートルで進行中衝突したことが認められること(右認定に反する前掲甲第六八号証の一の記載部分は事実に合うものとは認められず、原審における控訴人本人の供述も信用できない。)を合わせ勘案すると、星谷の運行速度は時速一五キロメートル以下であつたとは到底認められず、むしろ右時速をはるかに上廻る速度を出していたことがうかがわれるのである。以上によれば、星谷がA交差点南側停止線に到達した時点においてA信号機は赤を示していたものと認めるのが相当である(星谷がB信号機が青に変つた時点でB交差点を左折して通過し、時速一五キロメートルを上廻る速度でA交差点に差しかかつたとすれば、A信号機は赤を示していたと認めるべきことは前叙のA信号機とB信号機の連動関係からして、もとより当然である。)
してみると、本件事故は、星谷が赤信号を無視し、A交差点に進入した過失により惹起されたものであるといわなければならない。被控訴人高橋としては、同人の進行道路上から星谷の進行道路上の車両の見とおしが(全く不可能とは云えなかつたにしても)かなり困難であつたという前認定の状況のもとにおいて、信号を無視して交差点に進入する車両のあることまで予測して、これとの衝突を回避するように運転すべき義務はないから、衝突の直前に至るまで星谷車に気付かなかつたことを以つて被控訴人高橋に過失があつたとすることはできないものというべきである。
また、原審証人関正の証言によると、被控訴人会社が保有する本件自動車には構造上の欠陥又は機械の障碍のなかつたことが認められ、右認定を覆すに足る証拠はない。
よつて被控訴人らは本件事故については何ら責任がないというべきであ<る。>
(蕪山厳 浅香恒久 安国種彦)